「後見の件数を増やしたい自治体」

●概要

 ここ数年、自治体による申し立てが急増しています。
 どうしてそのような現象が起きているのか、現場で何が起きているのか、混乱を防ぐにはどうすればよいのか、について記します。

●事例1

 父が亡くなり独り暮らしとなった母。「何かと危ないから」と、市役所の職員が母から通帳とハンコを取り上げてしまいました。
 母が「通帳とハンコを返して!」といっても「後見人がつくまで返さない」と言い張る福祉課の職員。
 いろいろやった結果、取り上げた職員の上司が、母のところへ通帳とハンコを持ってきて「すみませんでした、お返しします」で終了しました。
 私がいろいろ頑張らなければ、今ごろ母に、見ず知らずの後見人がつき、どこかの施設に入れられ、自宅が売られ、母とも会えないようにされていたかもしれないと思うとゾッとします。

●事例2

 親子で任意後見契約を交わしているのに「そんなのだめだ。娘がお母さんを虐待しているのだから、家裁が決める法定後見の方がお母さんのためになる」と鼻息荒い某区福祉課は、家裁に対し区長名で後見開始の申し立てをしました。
 区は、家裁の面談でも、いかに娘さんが悪いかを述べましたが、担当の裁判官は「区のいう虐待の事実は認められない。自分で決めた任意後見は国が措置する法定後見に優位だから、原則通り、親子で結んだ任意後見で行きます。区の申し立ては受け付けません」という審判を出しました。
 娘さんに区長名で手紙が来たそうですが、その内容は「区としてはお母さんのために一生懸命やったんですけど、怒らせてしまったのならごめんなさい」という程度。裁判所に相手もされなかった区の仕事ぶりには呆れるばかりです。

●事例3

 「後見くらい状態が悪い」という診断書を取って、家裁に「この人に後見人をつけてください」と頼んだ某市市長。市長からの申し立てを受けた家裁は、市長が希望した通りの後見人をつけました。
 これに対し「後見ほど悪いわけないでしょ?」「家裁は法律に定められた鑑定もやっていないで後見なんてどうしていえるの?」と反論(即時抗告)したお母さん(本人)と娘さん。即時抗告を受けた高等裁判所は「確かに手続きが不十分、やり直しなさい」と原審を差し戻しました。
 まともなドクターがお母さんを鑑定したところ、一番軽い(要介護度でいえば1程度の)「補助」が出ました。補助の場合、家裁に補助開始を申し立てるのに本人の同意が必要となります。お母さんは当然同意しないので、市長は申し立てそのものを断念。当初から不要不急で無駄なことを市がしていたことが露呈された事例でした。

●解説

 ここ数年、高齢者を狙って、後見人をつける手続きを強行する自治体が増えています。どうしてこのようなことが頻発しているかというと、後見利用促進法が施行され、国から、後見人をつける件数を増やすよう求められているからです。

 そもそも後見利用促進法は、後見を職業にする司法書士などが国会議員に働きかけかろうじてできた議員立法で、その主な内容は以下の3点と言えます。

  1. 裁判所主導で運営してきた後見について福祉行政がお金をつけること
  2. 市区町村は、後見の件数を増やすために、本人や家族が抵抗しても家裁に後見開始の申し立てをすること
  3. お金のある案件は弁護士に、次にお金のある案件は司法書士、その次は社会福祉士等に、振り分けるための後見センターを社協などに設置すること

 その結果、多くの自治体で、上記の事例にあるように「お母さんのため」といったり「ありもしない虐待をあったことにしたり」「適当な診断をドクターに書くよう依頼したり」して、後見の押し売りが始まったというわけです。

 後見利用促進法ができるまでの10年間、多くの自治体は後見制度に見向きもしなかったので、後見利用促進法の効果はそれなりにあると評価できます。後見の利用支援や市長申し立てを担当する福祉課の職員が、後見を使うことのリスクを知らずに良かれと思って仕事をしている場合も少なからずあり、余計混乱している実情といえます。

 後見を増やして得をするのは、役所に出入りしている弁護士や司法書士後見人だけです。弁護士や司法書士の売り上げのために、昔でいう禁治産者を地域に増やすことに行政が加担するのもおかしなことと思います。そもそも家の中の、しかもお金のこと、民事不介入の原則はどこへ行ったのでしょう。

 「後見の件数を増やしたい自治体から家族を守る」なんて変な話ですが、それが現実です。自治体からの後見の押し売りに安易に乗らないよう気を付けてください。

●対策:住民の皆様へ

 自治体や社会福祉協議会や地域包括支援センターなどから、「後見をつけようと思う」とか「後見をつけます」と言われたとします。

 その際、「いらない」「辞めてくれ」と言っても無駄です。彼らは、後見利用促進法に基づき、後見を増やすことを使命に、良かれと思って仕事をしているからです。

 行政なら医者を抱き込むことは簡単です。補助や保佐のレベルでも、自治体に頼まれれば、一番重い後見と書く医者は実在します。行政に言われて、本人の生活を実態以上に悪く書き後見が必要と書くケアマネジャーも実存します。行政なら、本人の戸籍や住民票を取ることは朝飯前です。このように家裁に出す書類を揃え、本人や家族に内緒で、自治体は家裁に、「この人に後見人をつけて」というものだからです。

 そのような行政への対策は3つあります。

 一つは、行政とは別に、後見人がつけられそうになっている方の診断書を取ることです。書いてくれるドクターが見つかるまでドクター周りをしてみてください。1人でも「後見ほど悪くない」と書いてくれたら、それをもとに、「後見の申し立ては不当だ」と主張できるからです。2名のドクターから「後見ほど悪くない」という診断書を取るとなおよいでしょう。それらをもとに市長に「このような診断書が取れていますし、後見なんていらないのでやめてください」と手紙を出すのもよいでしょう。

 二つ目は、後見をつけられそうになっている人とあなたで、任意後見契約を結ぶことです。公証人から「お金のことは、この方に頼むということでいいんですね?」と聞かれ「はい」と言えないと任意後見はできませんが、「はい」と言えるなら、任意後見があるから自治体が求める法定後見は要らないという理由で抵抗することができるからです。

 三つ目は、その自治体から離れちゃいましょう。引っ越し先の自治体は後見後見うるさくないかもしれないので。ちなみに、スイスのある親子は、後見人をつけられそうになり、フィリピンに亡命したという報道もあります。私のアメリカの知り合いは後見以外の方法を障害家族にアドバイスしているといいます。悪い後見人がつくと本当に闇の世界に突入することは世界で共通している傾向のようです。

●提言:自治体の皆様へ

 身体や放置虐待に絡めて後見を申し立てるケースが急増していますが、後見の基本は財産管理なので、経済虐待以外に具体的な効果は望めません。まず、これをご理解ください。

 程度によって、後見か保佐か補助かを考えるのではなく、本人が何で困っているかを具体的に把握してください。銀行取引ができないのか、施設入所契約ができないのか、遺産分割協議ができないのか、などのアセスメントが肝要です。

 銀行取引で困っているなら、例えば銀行に一緒に行って、「何とかなりませんかね」と聞いてあげてください。だいたいのケースで、カードや通帳を再発行してくれたり、定期預金を解約してくれたり、払い戻しに応じてくれますので。

 施設関係であれば、「保証人が要るからいいでしょ」とか、後見を使わない方法を施設・病院と考えてあげてください。大事なのは生活の場の確保であり、医療や介護を受けることなのであり、後見をつけることではないのですから。

 遺産分割なら、他の相続人に「本当に後見人がいないとダメなの?」と聞いてみてください。たいていの場合、「そんなのいらないよ」となって、法定相続通りに分けて終わりになります。「法定後見が絶対に必要」といいながら、実は、遺産分割協議書を書いたり後見をやって稼ぐ税理士や司法書士の意見を鵜呑みにしてはいけません。

 いくつかの自治体や地域包括や社会福祉協議会は、すでに上記のような後見を使わないで住民の課題を解決する対応を取っています。後見の件数は増えないけど、住民の満足度は高まっています。後見人のために後見をつけるのではなく、住民に不利益なく、地域経済が回ることが大目的であることを忘れないで頂きたいです。

●関連報道

共同通信
2021年5月6日
成年後見、目標大幅割れ
 相談窓口、自治体半数のみ

 認知症や知的障害などで判断能力が不十分な人を支援する成年後見制度で、相談を受け利用に向けた調整を担う「中核機関」を置く市区町村が、来年3月までの見込み分を含めても半数強にとどまることが、6日までに厚生労働省のまとめで分かった。来年3月には全市区町村とするのが政府の目標だったが、大幅に遅れている。
 国内には認知症の人だけでも昨年時点で約600万人いるとみられるが、成年後見の利用者は昨年末現在、約23万人にとどまる。使い勝手の悪さが要因に指摘されており、政府は中核機関を普及の鍵と位置付けている。ただ、自治体からは「人材確保が難しい」「制度活用のイメージが湧かない」といった声が出ており、理解が広がっていない。
 中核機関は市区町村が直営するか、社会福祉協議会やNPO法人などに委託する。厚労省が昨年10月に実施した調査では、設置済みか来年3月末までに設置予定なのは、1741市区町村のうち961(55%)。
 都道府県別では長野、岐阜、鳥取、山口、香川、宮崎の6県が80%以上だった一方、宮城、大阪、奈良、佐賀、沖縄の5府県は20%未満だった。
 厚労省は市区町村の職員研修をしたり、疑問に答える窓口を作ったりして周知を図っているが、自治体からは後見人を選ぶ家庭裁判所に対し「意見が合わない」「相談態勢が不十分で連携しづらい」といった不満が出るなど、足並みの乱れも見られる。