「任意後見の闇に光を」

 「家裁が決める法定後見より、自分で決める任意後見が良い」といわれますが、任意後見にも運用上の闇や制度上の穴が潜んでいます。

 本稿では、実例をもとに任意後見の闇と穴を紹介し、一般の方が任意後見を利用する際に注意すべき点を伝授します。

1.「任意後見契約書の作成費用」について

 任意後見契約書の原稿作成を、弁護士に頼むと100万円以上かかることがあります。司法書士でも数十万円はかかるでしょう。

 しかし、最初から公証人に相談すれば、そのような費用は掛かりません。実際、多くの人が、公証人に直接相談し、数万円で任意後見契約を終わらせています。

 「弁護士や司法書士に頼まないと任意後見契約ができないと思っていた」とか「自分でやるのは大変ですよ・できないですよと言われた」という方は多いですが、そんなことありません。「だれだれと私で任意後見をやってみようと思うのですが・・・」と公証役場に連絡してください、流れに乗って終わりまでスムーズに行くはずですので。

2.「様々な公証人」について

 公証人は全国に500名程度います。前職は裁判官、検察官、法務省の職員などで、70歳で公証人の定年となります。大きい公証役場には数名の公証人がいますが、たいていは公証人1名+事務員さん1名が多いです。

 任意後見については同じ公証人でも対応は様々です。「障がい者手帳を持っているなら任意後見は難しい」という嫌がる公証人がいたり、「認知症でも、意思表示ができれば大丈夫」という公証人もいます。ある公証人は任意後見をしてくれなかったけど、別の公証人は任意後見をしてくれたという実例もあります。

 公証人は、持ち込まれた内容を公正証書にするのが仕事です。「ここはこうした方がいいのでは?」とアドバイスしてくれる公証人もたまにいますが、その指摘が的を射ている場合もあればそうでない場合もあります。どの公証人にやってもらっても費用も効果は同じなので、自分に合う公証人を探すのも、納得のいく契約を定めるポイントの一つです。

3.「任意後見の複数バージョン」について

 一人ではなく、二人(例:息子2名、一人は身内・もう一人は他人)に任意後見を頼む場合、分掌型・共同型・独立型の3パターンがあります。

 お金のことはAさんに、医療や介護のことはBさんに、というように異なる役目を頼むのが分掌型です。それぞれの得意を発揮できるのがメリットです。デメリットは特にありません。

 共同型は、AさんとBさんの2名で一人前というタイプです。AさんとBさんの両方が合意しないと仕事ができないので、うまくいけばよいですが、意見の相違があると仕事が滞ってしまうこともあります。

 独立型は、Aさんは全部できる、Bさんも全部できる、というタイプです。車が2台あるような感じなのでスピード感がある一方、AさんはAという老人ホームを契約し、BさんはBという老人ホームを契約することもできるので、混乱する可能性もあります。

 一人ではなく、複数の人に後見を依頼したい場合は、上記の3つから自分たちにあったタイプを選び、公証人に伝えてください。

4.「監督人の同意」について

●実例 不動産売買には監督人の同意を要する

 病弱な弟と私で、任意後見契約を結びました。
 数年後、銀行から「任意後見があるならそろそろ使ったらいかがですか?」と言われ、家裁で任意後見をスタートさせる手続きを行い、結果的に若い弁護士の監督人さんがつきました。
 弟の不動産を売ることになったので監督人に相談したところ「私の知り合いの不動産屋さんを使ってください」と言われました。
 私たちにも知り合いの不動産屋があるのでそちらを使いたいと伝えましたが「不動産の売買については監督人の同意を要する」という条件が任意後見契約の内容に入っていることを根拠に、監督人の知り合いの不動産屋を使うよう求めてきました。
 「そういうことなら仕方ない(のだろう)」と思い、監督人に紹介された不動産屋を使って弟の不動産を処分しました。
 しかし、後になって、売買の同意と不動産屋の指定は関係ないことがわかり「してやられた!」と思いましたが後の祭り。私たちの知り合いの方が安くて早くてよかったのに残念です。
 やはり知識は必要ですね。弟に申し訳ないことをしてしまったと今でも後悔しています。

●解説と対策

 このケースには、3つの問題があります。

 1つは銀行です。
 銀行から任意後見をスタートするよう求められたようですが、粘ればもう少し待てた=任意後見をスタートさせずに済んだ=監督人と出会うことがなかった=悔しい思いをしなくて済んだ、からです。
 誰かに任意後見を始めるよう勧められても、弟さんの判断能力がまだいけると思えば「このように弟はまだ元気だからまだ任意後見はやりません」と突っぱね、銀行との取引は任意後見なしでこれまで通り継続してみてください。

 2つ目は、契約書にある「監督人の同意」という条件です。
 ここ数年、「監督人の同意」を契約書に盛り込もうとする公証人や弁護士等が増えています。なぜ、監督人の同意を契約書に忍ばせておきたいかというと、それは監督人の報酬をつり上げるためです。「委任者の暴走を防ぐため」みたいなことをいう人がいますがそれは嘘、委任者が暴走することは他の方法(監督人による監督、家裁による監督、監督人や本人による損害賠償請求ほか)でいかようにも防止・処理できるからです。
 監督人の同意を盛り込まなければいけないという法律はありませんので、この条文の盛り込みはまさに運用の闇といえます。一般の人はそれが後でどうなるかわからないでしょうし。
 対策は、公証人から提示された案文に「監督人の同意」の記載があれば「この条文はすべてカットでお願いします」と伝えることです。断るようなら、その公証人と縁を切って、別の公証人に頼むとよいでしょう。

 3つ目は「この不動産屋さんを使ってください」と言った弁護士監督人です。
 その弁護士は「強制したわけではない」と言うでしょう。しかし、一般の方だと家裁が決めた弁護士資格を持つ監督人に言われたら「そういうものだろうと思って」従ってしまうことが多いと思います。
 監督人の言動がおかしいと思ったら、以下の対策を取るとよいでしょう。

ア.

「それは絶対なんですか?」とか「それはどの法律に基づくものなんですか?」と監督人に詰め寄ってみる。ほとんどの場合、解決します。

イ.

家裁に「監督人がこのように言っているのですがそれに従わないといけないのでしょうか?」と質問する。家裁から監督人に連絡が行き、監督人から「今回は別にいいです。」とか「今後、何かあれば私に直接言ってください」と連絡が来ることが多いです。「それはどの法律に基づくものなんですか?」と監督人に詰め寄ってみる。ほとんどの場合、解決します。

5.「報酬」について

●実例 親族なんだから報酬は遠慮してください

 「後見と相続が得意」とうたう司法書士に、母と私の任意後見契約書の作成を依頼しました。こなれた態度で「これでいいでしょう」「いつも使っている」「みなさん使っている」「私たち司法書士が使うのと同じ内容だから大丈夫」という契約書を作ってくれました。
 数年後、母の状態が悪くなったので、任意後見をスタートさせようと家裁に行きました。家裁の調査官から「お母さん結構お金貯めましたね。この金額だと弁護士さんとかの方が良いと思うので法定後見に切り替えたらいかがですか」と冷淡に言われビックリ。何のために数年前に、お金をかけ、司法書士に頼み、任意後見を結んだのでしょう。
 調査官のいうことは無視し、任意後見を押し通したので私が後見人になれましたが、「家裁の人がそう言うなら」と法定後見の手続きをしてしまう人もいるだろうと思いました。
 ついた監督人も最悪でした。
 「親族なんだから後見人報酬はもらわないか、書いてある金額の半分にしてください」「お母さんのためにつき1万円でもいいからお小遣いあげられませんか」「保険金がおりたら家の壁を直してもいいけどおりなかったから家の壁は直さないでいいと思います」などと言ってくるからです。
 自分の監督報酬をもらうときだけ、丁寧な文章で「お振込みください」と家裁からもらった報酬審判書と請求書が郵送されてきます。
 監督人に意見や文句を言うと、「だったら法定後見に切り替えますよ」と言ってきますし、メールにもそう書いてきます。
 任意後見だから大丈夫と思っていたけど、家裁や監督人からこんなこと言われるなら、任意後見をスタートさせなければよかったと後悔しつつ、仕事をしながら日々ストレスを感じています。

●解説と対策

【家裁の職員の態度】
 家裁の職員の態度に呆れる人は少なくありません。信じられないかもしれませんが、後見制度に関する知識が不十分だったり間違っていることも多々あります。
 このような場合、担当裁判官、家裁の所長、最高裁民事局の局長あてに、苦情を申し入れるとよいでしょう。態度が変わったり担当者が替わるので、利用者のストレスが軽減されます。

【制度上の課題】
 本件では、制度上の穴も露呈しています。それは、「任意後見監督人が法定後見の申し立てができること」です。
 現行制度では、任後見監督人に法定後見をスタートさせる権利が付与されます。これがゆえに、事例にあるように任意後見人に圧力をかける監督人は少なくありません。実際、年間500~600件が任意後見を辞め、法定後見に切り替える手続きが発生しています。
 「将来宜しくね」と頼まれた人(任意後見受任者)にも法定後見をスタートする権利が付与されます。法定後見をスタートする権利は本人・四親等以内の親族・自治体などに限られていますが、任意後見を頼まれたくらいの人が、家族などと同等の権利を持つことになっているのです。

~関連事例~
 身寄りのない親戚がある行政書士と任意後見契約を結んでいました。
 その親戚の認知症がかなり進んできたので、その行政書士に「任意後見始めたらいかがですか?」と聞いたら「まだいい」と言って、1年も2年も任意後見をスタートさせませんでした。
 なんかおかしいと思って、強く求めたところ、ようやく、行政書士が家裁に任意後見を始める手続きを取りました。すると家裁から「ご主人が亡くなって、本人の財産が増えたので、あなたの資格でこの案件を受け持つのは良くないから、法定後見に切り替えてください」と言われたようで、言われた通り法定後見に切り替え、見ず知らずの弁護士が後見人になりました。
 何のために親戚は、その行政書士と任意後見契約を結んだのでしょうか?公証人の費用も払ったのに全くの無駄となりました。
 家裁も変だし行政書士も変、弁護士だけが棚から牡丹餅の実情に違和感を覚えます。それでいいのかと親戚(本人)に言っても、もうなんだかわからない状態で、どうしようもありません。

 不当に法定後見に切り替えようとする任意後見受任者や任意後見監督人がいれば、その人・その人の所属団体・家裁に苦情を申し入れるのが良いでしょう。

報酬規程

1.任意後見をスタートさせる仕事 申し立て全般 15万円、財産目録作成 5万円
2.基本報酬 月額10万円
3.業務ごとの金額
  ①賃貸不動産の管理   家賃収入(ひと月分)の1割
  ②不動産動産取引    契約金額が300万円までの場合 10万円
              契約金額が300万円以上の場合 金額の3%
  ③不動産の賃貸借等   賃料や管理費の1か月分
  ④施設に入る際の事務  30万円
  ⑤入院から退院の事務  10万円
  ⑥介護サービスの締結  10万円
  ⑦遺産分割       遺産額に応じて算出
  ⑧日当         1時間5千円
4.任意後見が終わった時の事務 10万円(終了報告の作成他)
5.その他事務報酬[上記以外の事務に関する報酬]
  その事務を行うのに要した時間に応じて、当該報酬規定「3−⑧日当」を適用するものとする。

 それっぽく書かれていますが、よく見てみると、内実がわかります。
 まず、報酬規程1の20万円が欲しくて、まだスタートさせなくてよいのに、任意後見を始めようとする人は多いでしょう。
 スタートすれば報酬規程2にあるように月10万円もらえます。これを5人やれば月50万円、10人やれば100万円の固定収入となります。
 報酬規程3の①~③は不動産関係です。なるほど、不動産を持っている人の任意後見を引き受けたいわけですね。
 報酬規定3の④施設に入る際の事務30万円を高いと思う人はいるでしょう。施設を探すわけもなく、重要事項の説明を受け、入所契約にサインするだけですので。
 報酬規定3の⑤入院から退院の事務10万円、3の⑥介護サービスの締結10万円も単純事務ですから、時給的にみると割高な価格設定かもしれません。
 不動産のことは細かく書くのに、ケアカンファレンスに出たらいくらとか、夜間対応をしたらいくら等の記載はありません。不動産や相続以外の詳細をわかっていないことが手に取るようにわかります。
 報酬規定3の⑦遺産分割は、「遺産額に応じて算出」の中身(遺産額がいくらなら報酬はいくら・何%)と明記すればよいのになぜしないのか、怪しい限りです。 

 この報酬規程をもとに、親の任意後見人をしている人が金額を積算したら、5年半で549万円となりました。要するに年間100万円です。大きな不動産や遺言に関する業務無しでその値段です。
 この報酬規程について、払う側としてどうか、もらう側としてどうか、話し合ってみてほしいです。高いねとか、安いねとか、ちょっと違うねと思ったら、このようなひな形を提示してくる司法書士を使わないか、その方に内容の変更を求めてみてください。

6.「各種の対策」について

①任意後見契約を解除する

 これまでのエピソードを踏まえ、まだスタートしていない任意後見を無しにしたい場合、公証人に「せっかく作ったけど無しにしたい」といえば5千円程度で「解除」してくれます。
 この際、頼んだ相手が誰だろうが、その了解を取る必要はありませんので、事前に言わなくても、言っても結構です。
 解除したうえで、相手を変えたり、内容を変えて、また作り直すのも一案です。

~関連事例~
 姉にせがまれて母と姉でした任意後見契約を、母の意向を踏まえ、公証役場へ行き、解除してもらいました。解除の作業はすぐに終わり、「解除する」と書いた公正証書を1枚もらい、費用として5500円払いました。母も私もすっきりして、帰りにかき氷を食べて帰りました。

②契約書のたたき台をチェックする

 公証人や弁護士・司法書士に提示された「任後見契約の案」を後見の杜へ送ってください。当事者の状況や意向を踏まえた任意後見契約書になっているかチェックします。

7.任意後見の円滑な運用に向けた提言

①監督人の同意を要する条文を盛り込んだたたき台を提示しないこと

 ある公証人が依頼者から懲戒請求を受けました。
 理由は、公証人が提示した任意後見契約書にある「監督人の同意」という条文の削除を依頼者から頼まれたのに削除せず、したがって任意後見契約書の作成をしなかったからです。
 依頼者は、監督人の同意がないと任意後見人としての仕事ができなくなる、何のための後見人なのかという考えで削除を求めました。
 懲戒請求を受けた法務大臣がどのような決定を下すか見ものですが、日本公証人連合会として、公証人に対し、不要な条文を盛り込まないよう注意喚起することは必要だしできること・すべきことと思います。

②監督人を付けない運用に切り替えること

 日本では、任意後見人を見張る任意後見監督人が必須となっています。
 これに対し、多くの外国人や一部の利用者等は「自分で決めた人を、国家が、弁護士等を使って監督しようとする発想がそもそもおかしい」といいます。
 背景には「自分が頼んだのだから、その人に何をされようがそれも自己責任」とか「高齢者の心や生活を専門としない国家や弁護士がきちんと監督できる能力や保証がないし、監督するならほかの方法(家裁による直接監督ほか)で十分代替できる」という考え方があります。
 監督人があだになっている現状を踏まえても、監督人無しの方が良いでしょうが、それをやるとなるといろいろな課題があるでしょうから、期待しないで待ちましょう。

③公正証書にしないこと

 フランスでは、私文書で、任意後見ができると聞いています。
 日本でだけ、公正証書にしなければならない理由は特段ないでしょう。
 これも期待しないで待つことになるでしょうが、もしそうなれば、多くの人が任意後見を使うと思います。誰のための任意後見かといえば、それは委任者のためですから、公正証書にこだわるのは本筋ではないでしょう。